普通の事

誰かの中に自分がいるのが嬉しくてたまらない人なのである、自分。
誰かが自分の事を話していたり、気にしていたり。そんな事がうれしい。自分が話したことを誰かが覚えていたり、自分が作ったものを喜んでもらえたり。そんな事が一番うれしいなんて言う辺り非常にアレな人なんだと思います。でもしょうがないじゃない、だって友達少ないんだもの。男がだものとか言うな気持ち悪い。
内面と外面が合わないとなかなか苦労します。それこそ顔だけ見て人格把握できれば楽なんでしょうが、それは無理だし。だから理解してもらうには努力しなくてはいけなくて、でもそれは努力した時点でどこか歪んでいて。ならどうすればいいのか、分からなくてまた歪んで。七面倒くさい話です。
そんな事言ったって自分は自分なんだから、自分でやるしかないんですけども。
誤解は怖い。相手の中にいる自分が自分じゃなく、他の誰かだなんて考えるだけで死にたくなる。でもやっぱり自分でやるしかない。ずっと歩いてたのにいつの間にか同じ場所、みたいな。むしろ歩いてすらいないのかもしれませんね?
それでも自分でやるしかないんだよなぁ。自分が喜ぶには自分の努力が不可欠で、他人が喜ばしてくれるのは当然じゃなく幸せなんだと考えるべきで。
だから有り難う、なんて言葉があるんでしょうね。
他人の中に自分を作ることを、自分でやらなきゃならない。それが出来るかぎりやらなきゃならないと、そんな事を思います。
昔誰かに「生まれ変わるなら何になりたい?」と聞かれたことがありました。もう少し良い自分になりたいと思います。